やり方に妥協できない

ご紹介の症例は臨床症例の一部を紹介したもので、全ての症例が同様な結果を示すわけではありません。

周りに合わせることの大切さを理解できるようになりました

大沢さん(仮名)の場合 30代 (ADHD治療経過 約4年)

30代男性

相手の気持ちを考えずにひどいことを言ってしまったり、自分のやり方にこだわって妥協できなかったりしたため職場でトラブルが絶えず転職を繰り返していた大沢さん(仮名、30代)。
ADHDと診断されてからは症状に振り回されることがなくなり、仕事も長く続けています。
今後の夢は、自分の個性を生かした仕事で独立することだと語ります。

ADHDと診断されたことで問題の正体がわかり安心しました

Q.精神科を受診されたきっかけを教えてください

成人して社会人として生活するようになってから、社会生活のさまざまな面でうまく適応できない点が目立つようになってきました。学生や未成年であれば許されていたかもしれませんが、社会人になってからはそれではやっていけないと強く感じました。当時はいろいろなことが重なって気持ちが落ち込んでいたのでうつ病を疑いましたが、その割にはエネルギーに溢れていたので、いったい何が問題なのか、どうしたらいいのかわかりませんでした。そんな時、お互いの気持ちを理解し合える友人に「自分もそうだけれど、君もADHDじゃないか」と指摘されました。その件をきっかけにADHDを疑い、精神科を受診することを決意しました。

Q.ADHDと診断された時、どのように感じましたか?

自分がADHDだとわかるまでは症状に振り回される毎日だったので、ADHDと診断された時は自分の持っている病気の正体がわかって安心しました。
それ以来、自分のダメなところを客観的にみられるようになり、改善できるようになりました。

納得できないことには従えず集団生活が苦痛でした

Q.今まではどのような症状がみられていましたか?

とにかく時間を守れず、遅刻がとても多かったです。衝動的に行動する傾向も強く、少しでも欲しいものがあると何も考えずにすぐに買っていました。物が捨てられないという症状もあり、要らなくなったものまでとっておくので自宅はまるでゴミの山でした。
対人関係にも多くのトラブルを抱えていました。周りの人達とそもそも状況判断が違うので、なかなか意見が合わず衝突しがちでした。それに、納得できないと他人の指示に従うことが嫌だったので、特に集団行動が苦手で、周りに合わせられないことに悩みました。

Q.そういう症状はお仕事でも影響がありましたか?

仕事で困ったことは遅刻や人間関係です。決められたルールに従うのが苦手で我流でやらないと気が済まなかったので、上司や周りの人とのトラブルが結構ありました。そのせいもあって、ADHDと診断されるまでは半年に一度ぐらいの頻度で頻繁に仕事を変えていました。
興味の対象がすぐに変わるので仕事が長続きしないという面もありました。たとえやりたい仕事についても、他にやりたいことがたくさんあって「あれもやりたい、これもやりたい」という気持ちを抑えることができないのです。興味の対象が多いのは誰にでもあることですが、私の場合はその衝動を抑えることができず転職を繰り返していました。
そういう不適応が何度も続くと自己評価が下がってしまいます。すると、他人の言葉を素直に受け取れなくなって人間不信に陥り、他人に素の自分を出せなくなっていき苦しい思いをしました。

Q.その他生活上ではどのような困難がありましたか?

私の場合、不注意ではケアレスミスが多くて時間が守れない、多動では興味の対象がしょっちゅう変わるという症状がありました。
一日の中で仕事の時間や遊ぶ時間を決めないといけないことはわかっているのですが、その時にやりたいことの衝動を抑えられず、自分の欲を優先していました。たとえば、明日仕事があるから寝なくてはいけないのに夜遅くまで遊ぶことが頻繁にありました。やりたいことがあると「これだ!」という感じですぐにやらないと気が済まないのですが、それ以外のことは「どうしてやりたくないことをやらなきゃいけないんだ」という感じでした。刺激がないとやっていけなくて、過去にはギャンブルにのめり込んだこともありました。

Q.子供の頃はどのような困難がありましたか?

「どうしてこれをやらなくてはいけないのか」という点に納得しないと指示に従わない子どもだったので、興味のない授業ではただただぼーっとしていました。そういう態度が反抗的だと誤解されて、ひどく傷ついたこともありました。
対人関係では、私の言葉を相手がどう受け取るか考えずにひどいことを言って、相手を傷つけてしまうことがよくありました。言ってしまった後に自分の過ちに気づいて自責の念にかられ、「自分が悪いんだ」と自虐的にもなりました。周りに適応できないのは「自分がダメなせいだ」と思い込んでいました。

相手の気持ちを受け止められるようになり、仕事もこれまで一番長く続いています

Q.治療を始めてからどのような変化がありましたか?

ADHDの治療を始めてから、時間を計画的に使えるようになりました。1 日の中で何時から何時まではこれをやって、次にあれをやってというふうにちゃんと考えて行動できるようになりました。朝、決めた時間に起きられるようになったので遅刻もなくなりました。ADHDには物を捨てられないという特徴があることを知ってからは、必要かそうでないかを自分なりに考えて要らない物を捨てることもできるようになりました。自分に何が起こっているかを知ることで、問題を改善する努力できるようになったのだと思います。

コミュニケーションの面では相手の立場にたって考えることができるようになり「これを言ってはいけないな」、「これをやってはダメだな」というように、物事を客観的に見られるようになりました。
治療前は、納得できない場合は相手の話が全く耳に入らなかったのですが、治療後は相手の気持ちを受け止められるようになったと実感しています。また、自己評価が下がっている時には相手の言葉をマイナスに受けとってしまいがちでしたが、治療後はそういうことがなくなりました。
仕事も、治療後はこれまでで一番続いています。集団で生活する以上、ある程度は周りに合わせることも必要だと思えるようになってから、我流でないと気が済まないという点はかなり改善されたと思います。

Q.もし子どもの頃に診断されていたら?

もっと早いうちに自分なりの生き方を見つけられていたのではないでしょうか。診断がつけば自分の正体がわかるわけで、そうすれば周りの人にもっと「自分が何者か」をうまく伝えられたと思います。

発達障害を恥じることなく良い特徴を生かした生き方を確率して欲しい

Q.同じ症状を持たれている方へ

発達障害だからといって恥じることはありません。ダメなところばかりではなく、良い特徴も持っているので、そういう点を生かした生き方を確立してもらいたいです。ADHDだから「自分は人とは違う」と後ろ向きにならず、「これは個性なんだ」ともっと前向きにとらえてもいいのではないでしょうか。
まだ受診していない人にはできるだけ早い受診を勧めます。子どもの頃はよくても大人になると絶対に壁にぶつかります。早いうちにADHDとわかったほうが人生は充実すると思います。

Q.これからの夢を教えてください

今は組織に属して仕事をしていますが、いずれは独立したいと考えています。自分のやり方に強いこだわりがあるので、独立してやっていくほうが合っていると思います。そういう、自分にあった生き方を今後はもっと模索していきたいです。

監修:
袋田病院 院長 的場 政樹 先生

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